今日いらした方が、昨日4日間からの旅行から戻ってきたというので、どこに行っていたおか聞いてみたら島根県に行ってきましたというのです。
え?島根ですか?出雲大社ですか?と聞くと、もちろん出雲大社は行きましたが、他にも面白いところが島根にはたくさんあってもう4回目なんですというわけです。
どうってない会話なのですが、実は僕には孤児で育った父がいましたが、その父の生まれ故郷が島根でした。
父は、生まれてから数年で中国上海に渡り、そこで家族と生き別れになりその後単身で日本にもどってきたのですが、そこが北海道岩内でした。
船でどうやってもどったのか、まったくの謎のまま亡くなりましたのでもう調べることもできません。
ただ、生前に島根の記憶が薄くあり5~6人兄弟くらいの上の方だったとのことでした。
上海に渡った時はその家族ごと移住したようですが、中国との国交断絶となり引き上げた時には人数制限をされてしまい、もう大きかった父は一人残され、他の家族は日本に最後の船で上海から引き揚げたとの事です。
1年ずつ離れていても、父は5~6歳、もう少し離れていたら10歳くらいになっていたはずです。
10歳だとするともっと鮮明に記憶があるはずですので、もっと下だったと推測しています。
僕は父の数年過ごしただろうと思われる上海の大学を選びました。
そこで父の痕跡こそないものの、たぶん歩いただろうと思われる街を歩きました。
樺太は現在ロシア領ですので、入り込むことは難しく、父は上海からどうやってかサハリンの豊原にたどり着き1年くらいは住んだはずですが、そこに行くのは現在は難しいでしょう。
後は島根です。
北海道内で父が移り住んだ岩内から阿寒町や釧路は何度も行きましたので、残された場所は島根なのです。
島根は未開の地でいつか行きたいと思っていただけに、行ってこられたと聞くと話を聞きたくなってしまいます。
僕も残りの人生はそんなに長くはなくなってきました。
いける時にいかないとと思いますので、来年あたりは島根放浪記を書きたいと思っています。