よく気功ができるんですか?と聞かれることがあります。

確かにできることはできます。

が、今は少しやらないでいます。

 

理由はありますが、ちょっとだけお話しましょう。

気功をするようになった経緯については以前ここのブログでお話しました。

 

リウマチの痛みが取れずに苦しんでいた患者さんの痛みが消えて変形は消えないものの痛みがないだけですごい楽になったという患者さんがいらしてその患者さんのいったところに僕も行ってみたんです。

それが最初の原因でした。

 

その気功道場はあるお寺の関係の施設でした。

そこの上の方がお寺関係以外の方を対象に気功治療をおこなっていました。

 

僕はそこで数週間一緒に寝泊りをして、最終的にその奥義を伝授してもらうことがかなうのです。

 

渡邊君、君にはこの術を授けるとするが、君の気功術でいつかとんでもなく大きな、霊的なものがいつしかくるだろう。その時は必ず一人で対峙せずに連絡をしなさい。

 

はい、わかりました。

 

君の純粋な人を思う心があれば、いろいろな神が味方してくれるだろう。

 

 

 

札幌に戻り、気功治療を開始しました。

 

そうすると、いろいろな患者さんが来ました。

気功をやってるうちに、気功はある種の邪気を祓う事が目的な術式だということ、その邪気はいろいろな人の念がこもっていることもだんだんとわかってきます。

 

要するに簡単にわかりやすくいうと、気功治療は人の霊を祓う術にかなり一致します。

それは、人の気を悪くする、つまり病気になるのは気を病むのは生きている死んでいる関係なく、誰かの邪念だということなのです。

 

 

亡くなった人の邪念??そんな馬鹿な・・

 

 

そう思うかもしれません。

 

しかし、人が亡くなる前に思う強い念は、その人が亡くなってからも念として浮遊を続けます。

これが浮遊霊と言われるものと考えています。

 

その浮遊霊がはいってしまった人が病になり、気が侵され、病気になるのです。

 

 

多くの患者さんを治療しました。

しかし、問題は僕を教えてくれた師匠が、60歳ちょっとで亡くなってしまったのです。

 

一人で対峙できない症例を数例経験しました。

 

もう少しでこちらがその邪気にやられそうな事もありました。

 

もう数年したらもっと大きな霊と対峙できたかもしれません。

 

それが気功をしなくなった理由なのです。