昨日の母の行方不明になった話を書きましたが、円山に越してきて2~3年の間で軽く数えるだけで4回。

前回書いた話の時は、タクシーで元の家に戻っていたところを発見して僕が迎えに行きました。

自分の記憶の中で言える住所は元の実家しかなかったのでしょう。

 

 

それから玄関に外鍵を付けました。

外から鍵をつけてでれなくしました。

これが母の怒りに火をつけました。

なんで出れなくするの?なにかあったらどうするの?どうして私をそんな監禁するようなことをするの?

 

なにも返答しない息子に母は、もう二度と顔出さないでいい。一人でやっていくから。

 

 

ごめん。鍵は外すことにするからさ。

 

 

・・・・わかった。

 

 

3年近くの間、朝7時半に母のところにいき、8時半に仕事に出て、12時過ぎにまた昼ごはんを作りにいく、夜19時に再び夕食を作り、母が寝るのをまって帰宅。

 

この生活が3年続いていました。

 

時には予定が入ったりすることもあるのですが、それでも時間をずらしてもらったり遅れたりしながらいろいろな人に協力をしてもらいながら一人での介護生活でした。

 

 

途中でテレビカメラも設置して部屋の中を監視するようにしました。

 

 

子供が親の監視なんてもちろんしたくはありません。

 

でも、事故があってからでは遅いのです。

 

そんな毎日でした。

 

今はグループホームに入り、気がまだ抜けない日が続きますが以前の何倍も楽になりました。

 

 

テレビカメラを設置して1年、事故が起きました。

事故は想像よりずっと早かったのです。

 

 

以前も書いていますが、部屋の中で転倒したのです。

 

12時にカメラを確認したときには、いなかったのですが、夜中2時には床に寝てしました。

 

あれ?なんで床にいるんだろう?

 

悩んで考えて出た結論は、転倒して立ち上がれないのではないか?という事です。

 

最悪は骨折です。高齢者の骨折はかなり大変です。

 

4時に見たときにはまだ床のままでした。

 

もう最低でも2時間以上、冷たい床の上で寝たままでいることに僕自身も胸が痛くなり、まだ暗い4時半に母のところに向かったのです。

 

その後病院にいき、骨折が判明しました。

 

一昨年の事でした。