本日は土曜ですので、午後から母のところに行く予定です。
さっき患者さんと尊敬できる人の話を聞きました。先生の過去一尊敬できる人って誰ですか??
の質問に、うーん小学校の先生かなと返答して、理由はそのまま軽くは伝えましたが、もう少しここで書いておきます。
過去一とか言われるとどうかなと思ってしまうので、たくさんの尊敬できる方がいらしたのですがそのうちの一人という感じでお話します。
以前も書いたのですが、僕は小学校中学校と新聞配達少年でした。
ここの話は何度も書きました。
小学生の時の新聞配達は、過酷でした。
なにせ冬の期間は猛吹雪や、マイナス10度くらいになる日もあります。
小学校の高学年の時の担任の先生は濱田先生。
あの頃は僕は12歳とかでした。その頃にもう40歳代か50歳代になっていましたので、もうきっと亡くなられていると思いますが、きちんとしたお礼も言えずに卒業してしまい、会う事もなくきてしまいました。
僕がひた隠しにしてきた新聞配達が濱田先生に知られてしまったのは、一人の同級生の報告でした。
先生、渡邊くんが新聞配達をしてることを知ってるんですか?
そういわれてしまえば、もちろん動かないといけないのは先生としては当たり前の事だったと思います。
職員室に呼ばれ、おまえは学校では禁止されているアルバイトをしてると聞くが、本当なのか?
はい・・・そうです。新聞配達をしています。
なぜなんだ?小学生なのにお金が必要か?
今まで隠してきたという思いが強かったのか、一気に話をしてしまった気がします。
父が仕事がうまくいかず、蒸発してしまったこと
母が一人で朝から晩まで仕事をして働いていること。
家計が苦しく、自分の文房具や学校で使うものを買うのに母には頼めないと思った事。
先生にすべてお話したときに、先生は黙って聞いていて一言も反論もしなく無言でした。
どのあたりを配っているんだ?
先生が言ったことはこの一言です。
その翌日から先生は朝に僕の配達ルートで待っていてくれました。
手伝うよ、いっしょに配ろう。
毎日ではなかったとはいえ、それから1年くらい手伝ってくれたのです。
一番最初に名前をあげたいのがこの濱田先生なのです。
何度か書いた話なのでもう読まれた方は申し訳ありません。