昨日の日曜は母の日でした。

僕は母の入所施設に10時すぎくらいにいき、1時間くらいいましたが、午前中はどなたとも会う事はありませんでした。

午後からどなたかきてくれたらなぁという思いで帰ってきました。

 

 

母は、母の日といってもピンとこないようです。

 

今日は母の日だよ。だから服を買ってきたよ。

 

 

あら~。二着も?

 

 

しまむらに行って買った安いものなんですが、パステルイエローを買おうと思ってたんですが、ちょうどサイズも色もなく、パステルブルーがあったので買ってきました。

 

あともう一着は僕の好きな紺色の半そでを買いました。

 

いい色でしょ。よかった、早速着よう。

 

 

うん、次のお風呂の時にしなよ。明日か明後日だろうと思うし。

 

うん。わかった、そうするね。

90歳も超えるとほしいものってないんだけど、やはり洋服はうれしいね。

 

事実もらうと少し笑顔になります。

 

 

母の笑顔はなにより自分の癒しになりますし、それが見たいために施設に通ってると言ってもいいのかもしれません。

 

幼い頃に自分の心臓の疾病で苦労を掛けてしまったという負い目はこの年齢まで離れることはなくきっといつまでもあるのでしょう。

 

人によっては気にしすぎという人もいますし、親だから当たり前なんじゃない?と言われた事もあります。

そうなんでしょうが、それでも健康で生まれてきていればかけなくてもよかった苦労をさせてしまったと思うのです。

 

そう思う人と思わない人の違いはなんでしょう。

僕自身も幼いころにその意識があったわけではないでしょう。

 

ただ、具合悪くても具合悪いとは決して言わない子供でした

熱があっても親にはばれないようにと考えてしまいましたし、咳がでそうなら、布団にもぐって咳をしていたものです。

 

なんでそんな風に思う幼少期をすごしていたのでしょう?

 

考えてもわからないのです。

 

 

母がいつまでも買った服を手にもっているので、名前を書くから貸してね。というと、

わかったといってやっと手を放しました。

 

母の名前をタグに書いて、自分の幼い頃には母が書いてくれたんだなと思いながらいました。