日曜は札幌を離れていましたので、土曜に顔を出しましたが今日は顔を見ていなかったからどうかなと思っていました。

 

昨日来なかったけど、大丈夫だった?

 

昨日?来たでしょ?来なかったか

 

うん、昨日はちょっと札幌にいなかったから来れなかったよ。

 

そう?知らないけど来ていた気がする。

 

そうか。それはどっちでもいいから来た事にするよ。で、風邪はどうかな?

 

風邪?風邪なんてひいてないよ。

 

あれ?そうなんだね。

 

 

母は風邪をひいてないと言い張ります。知る限りは風邪をひいて寝込んだなんてことはない人でした。

元気な人だったのです。

やはり年齢には勝てないというのか、風邪をひくようになりました。

 

僕自身は小児喘息で心臓病ででしたので、子供の頃には一番ひどく発作が出ていた時には数歩歩くだけでゼイゼイ喘鳴をしていました。

喘息で発作の時には母が何度も背中にオブって病院にいきました。

吸入器をするとやっと治まるなんてことがあったんです。

 

あまりに夜中にひどくなるので、新琴似の内科の先生は夜でもいつでもきてもいいけど、2台あるから一台を貸してくれ、なんとか喘息発作も治まりかけていました。

 

鍼灸に通い始めたのはこの頃でしょうか。小2あたりだったかなと思います。

母が、どこからか良い鍼の先生がいると聞きつけてきました。

 

そこで、一回目は母も仕事を休んで一緒に行ってもらったんです。

 

その先生は週に一回はくるようにと言われ、母は毎週来ますと言ってたようでした。

 

そんな母に僕は一人でいくからいいと言って、その翌週から一人で通いました。

 

自宅からは1時間以上かかりましたが、バスに乗り継ぎ二回バスに乗って鍼に通っていたんです。

 

今から考えると札幌駅の北口のあたりだったと思います。

そのころの北口周辺はふるびたビルや建物ばかりでした。

駅裏倉庫なんていうのがたくさんあった時代です。

 

学校が午前で終わった決まって火曜に毎週通ったのです。

 

治療は40分ほど、全身に鍼を30本以上打つ多針法でした。

中国医学の中でも、多針法の先生グループというのは存在しています。現在もそのグループはやっていることと思います。

ほとんどが刺して皮膚に少し入るだけで、背中に赤外線を当て鍼をしていきました。

 

僕の喘息はそれから2年間鍼に通い、4年になるころにはすっかり完治していました。