母のところに午前11時で12時には協同組合事務所にいかないといけません。

それで急いでというか、母のところも駆け足で、顔を出してきます。

 

母は肩が痛いとか、腕が痛いとか言って介護士さんが進める運動も一切してないようです。

 

 

無理は進められませんから・・・でも、このまま動かさなければ確実に腕は上がらなくなると思うんですよね。

 

 

介護士さんのいう事は最もな事です。

 

母に腕が上がらなくなるので、上がる練習をしようよ。

 

 

なんで練習なんてしないといけないんだ。もうこの年だから楽したいんだよ。

 

 

楽はさせたいけど・・

 

 

辛い事や苦しいこと痛いこと・・全部いらない。この年齢になって腕が上がらないからどうだっていうの?

上がらないとダメなの?

 

いや、ダメじゃないけど・・

 

 

上がらなきゃ上がる人が上のものをとったらいい。私は上のものを取らない。だったら上がらなくていいんでしょ?

 

そういう事だね。

 

運動することの意味は残存機能の維持になることだと思います。

 

その残存機能の維持をいらないという人がいたら?

 

僕が学生時代にも習ったことのないことです。

 

母は歩けなくていいと言います。

 

この椅子があるからさ、車いすで動けばいいわけでしょ?自分でたたなくていいでしょ?

 

うん、そうだね。

 

だったら歩く練習も立つ練習もいらないしやらない

 

歩かなくていい。

 

 

こういう発想も学校の授業では習ったことはありません。

 

ねえ、私はもうつらいことや苦しい事はたくさんなんだ。もう静かにこのまま過ごさせてくれないか?

もう91でしょ?今さら、歩いて今さら腕をあげてさ。なにがあるっていうの?

歩けるようになったら寿命が延びるっていうの?

 

 

それとこれとは違う話だよ。

 

だったら、自分の好きなようにさせて。

私は静かに穏やかにいたいんだよ。

 

 

身内として母の願いを聞いてあげたいと思うのですが、半分の気持ちはまた歩けるようになって、腕も上あげて上のものも取れて・・・でもそれで?

 

ほんとに大事な事ってなんでしょう?

 

この場合の正解ってなんでしょう?