もう亡くなった父ですが、正義感の強い人でした。

昔、僕が小学校の頃の事ですが、麻生にあったダイエーの駐車場の車列に並んでいた時に前に割り込みして入った来た車がいました。

当時僕は助手席にいたんですが、父はだまって運転席からでていき、その車の前に立ちふさがり、車の運転手に向かって怒鳴っていました。

 

 

後ろに車が何台も並んでいるのは見えないのか?!と言ってたような気がします。

 

その運転手は黙ってバックをして下がり、車列の最後尾に並びなおしました。

 

札幌駅で父と一緒にタクシーを待っていた時がありました。

やはり列を無視してタクシーに乗り込んだ男性がいたんですが、父は追いかけて行ってタクシーの後ろに乗り込み、その男性をひきずりおろしました。

 

その男性の胸倉をつかみ、取っ組み合いになって地面に倒れこんだ事がありました。

 

その頃は僕が高校生のころでしょうか。

 

僕も止めに入ったので、暴れまわるその男性を取り押さえようと乱闘になりました。

 

乱闘が終わって別のタクシーに乗り込み、父はもうこんな事はおまえはしちゃいけない。

時代が変わって逆恨みされたりする事も多くなってきた。

日本人は性質が変わって、殴って反省して終わるという流れではなくなってきた。

 

僕がその殴り合いに入ってしまったことで父は反省しているようでした。

 

しかしそんな父を見てきたからか、僕も30歳代くらいまでは不正を許せないタイプで育ってきました。

次第に変わったのは、決めごとの法律そのものが間違っているんじゃないか?とか、いう思いが強くなってきたころでしょうか。

 

日本人も変わってきて逆恨みや、自分が反省するだけではなくいろいろなものが陰湿化してきたなと感じるようになってきました。

 

特に僕は医療の世界にいますので、医療の矛盾や健康保険の矛盾に立ち向かってきました。

 

僕が業界の札幌の役員になり、北海道の役員になり、全国の役人になり、最終的に辞める時には副理事長職にまでなりました

すべて父のもつ正義の教えの考え方が根底にあったからだと考えています。

 

それも数年前に精神より肉体が持たず、病気になり辞める羽目になりました。

 

 

男の子はそういう時に思うものです。

父はよくやったとほめてくれるかな・・

 

そう思うのです。