よくなぜ鍼灸の道に進んだのかと聞かれるのですが、そういう時には簡単に答える時には大学を卒業して
また学校に入りたくなってなんて答えていましたが、実際には自分の病気の事がありました。
当時は大学4年で就職活動でしたので、解禁は4年の6月でした。
今は3年で就職の活動を早くも始めるというので、ずいぶんと違うものです。
僕は商学部に行きましたから、目的は商社でした。
大学の友人たちは銀行や証券、保険など金融が多いなか、僕は目指すは商社。
6月の解禁には東京に行き、商社の試験を受け始めました。
1次は筆記、二次は面接、3次がだいたいは役員面談となる商社が多く、役員面談まで行ったのは数社。
高校のころに、世界を広く股にかけて商売をしてあるく、三菱商事や三井物産の商社マンの特集をみてからはそこしか考えないで来ました。
商社に入り国際取引をしたいなんて漠然としたことを友人には言っていましたが、僕の中では貴金属取引をしたく、特にゴールド、シルバー、プラチナあたりの貴金属を扱い、その国際取引のルートを作って35歳くらいで独立商社を作ってやろうと狙っていました。
もう高校生のころに今盛んにテレビなんてでもレアアースなんてやっていますは、希少な貴金属がものすごい金額で取引されますので狙いは正しかったと言えます。
ゴールドなんかも史上最高の高値です。
見事に受かったのもつかの間、僕は健康診断でまさかのダメ出しを食らってしまうのです。
渡邊君、君の健康診断の成績では当社の海外勤務をさせられない。きっちりと治してもう一度きてくれたまえ。
さっそく地元の札幌で大学病院にかかると、あなたの心臓の状態では診断書に仕事をしてよいと書くことはできません。
早急に手当てをしないと命が危ないです。
どうやってそこから家に帰ったのかもわからないくらいショックを受けたのを覚えています。
数日自宅の自室でふさぎこみました。
部屋からは一歩も出ずに、悩み考え抜いた末に、自分で治療をしようと思い立つのです。
いろいろな病院にいき、そこでの結論は同じでした。手術不能。後はゆっくりすごしてください・
そんな診断に負けられなかったのです。
自分の事は自分で治すと、鍼灸の専門学校に入学して勉強を始めるのです。
それが最初の本当の理由でした。
