昨日は、東北太平洋沿岸部で大きな地震がありました。

うちは札幌ですがあまり揺れを感じることはなかったのですが、テレビをつけてみると大きな報道になっていて、津波警報がでています。

プレート型の地震は断層などの直下型とは違って、時間差で津波が来ることが予想されるのでしょうけど、いきなり大きな地震になるより、もっと小さな地震が数多くあったほうが、地震のエネルギーといいますか、プレートのずれからくる歪みが大きくならないでしょうから、あった方がいいんじゃないか?と思うのは素人の浅はかさでしょうか?

 

父が言ってたよく言ってたものです。

 

プレートの歪みが地震につながるのだから、小さな地震がちょくちょくあったほうがエネルギーが放出されることになるだろう。それが一番の予防策だと言えるはずだ。

 

 

持論でしたが、高校生くらいの時にそう聞いた時に正論じゃないかなと思っていました。

 

 

もともと釧路に住んでいた父は地震がよくあったようで、地震があった方がいいと感じていたという事です。

 

父は物事を見る角度が他の人と違いました。

僕は凡人ですのでまったくそんな見方ができませんが、この地震の話もそうですし、先日書いた病院を買い取ったときに、開業さえてくれないという国と戦ったときに、失業者を数百人出すのと、病院を開業させるのとどっちを選ぶのだ?と病院勤務者の働き口を確保するという論点で話を進めたものです。

 

国もその時は開業させなければ失業者が多くなり、手稲区の失業者は130名くらい増えます。

多くは医療資格者ですが、失業保険も支払いが増えます。あからさまにならなければよかったのでしょうが、父はこれを大ごとにして、役所の責任を問おうという作戦にでました。

 

これは見事に当たり、一度閉めて廃業してしまった病院を、再開させたのです。

 

もともとの勤務者だった職員を呼び戻し、再開しました。

 

すごいなと思っていたんです。父の発想や、着想が驚愕でした。

 

僕は父の病院を再開させたり、倒産させたり激動の人生を見てきました。

尊敬もしてきました。

父といつも比べて、自分の人生のふがいなさや、甘さを感じるのです。

 

昔は父を超えようと思っていた時期もありました。

でも、そんな事に意味はなかったと気が付いたのはもう父が亡くなってからだったと思います。

 

反省ばかりしています。