今日も知り合いのお母さんが亡くなられたという話を聞きました。次々にそう言う話を聞くようになり、いつかは自分の番??と思い不安が消え去りません。
順番に来るのだから仕方ないと思いながらも、そんな日が母にはこなけりゃいいと思っています。

先日タイヤ交換で北区に向かいました。
数年前に車を買い替えたのですが、その車屋さんに冬タイヤを頼んでいたら、札幌市内のタイヤ屋さんなので、そこまで行って夏タイヤと冬タイヤを交換してもらってもいいでしょうか?と言われ、ほんとは取りに来てくれる話だったのになと思いながらも、わかりました、いいですよと言ったら北区の元の実家のそばのタイヤ屋さんでした

久しぶりの旧実家を見てみるのもいいかなと思い、古い実家はそのままの家でした。
ここにいたのは、小5年くらいから、中3くらいまでの年齢でしたので、ちょうど多感な子供時代でした。
裏の家は同級生でしたが、表札は変わっていました。知らないうちに売却したのでしょう。
あそこの家も、お母さんは生きていたら90歳だろうなと思いながら、次の通りには同級生の商店があったはずでした。そこも商店はなくマンションになっていました。

あの頃の人達はそっくりいなくなった街なのです。

そんな思いを巡らせながらタイヤを交換しました。

時が流れて行ってるのは肌で感じることができました。

母にその話をすると、あ~、そういう人がいたっけね・・同級生の名前を出すと思い出したかのように
そう言います。

もう昔の事はわからなくなった。記憶の中の隅っこにもいなくなった。今の記憶で精一杯だよ。

そうだね・・無理はいいんだよ。思い出さなくていいよ。

うん・・そうだね。そういえば、あんたは学校から血だらけで帰ってきたことがあったね。中学生の頃かな?

僕は子供の頃は今の何倍も、気が強い子でした。
人にばかにされたり悪口を言われることがたまらなく嫌でしたので、学校内での取っ組み合いもですが、外の街角でも殴り合いがありました。

私は、てっきり弟の方がけんかっ早いと思っていたんだよ、性格的にはあんたはおとなしいと思っていた。
でも、お父さんは間違えていなかったね。おまえはどこを見てるんだ、兄の方がよほどけんかっ早いし、気が強いぞ。注意しないといけないのは、兄の一哉だと言っていたと聞きました。

合っていたのでしょうか。