昨日のブログに書いた小説の話ですが、何人かの方から反響をいただきました。

ぜひまた書いてくださいみたいなご意見をいただきましてありがとうございます。

 

また時間をつくって書いてみようかなと考えてもいます。

 

父は数学科出身の超理系なのですが、僕はまた逆に物書き的な文系ですので、正反対の性格でした。

父とは幼少期からぶつかる事が多く、中学を出たころからはほとんど会話らしい会話はしてない気がします。

 

それでも、父は一口二口話をしようとしてくれたのですが、口を開くと喧嘩になるのも嫌なので、すぐに自分の部屋に避難しました。

きっと父も僕の事をどう扱ったらいいのか苦慮していた気がします。

 

僕は父のいかにもわかった風に話す態度がダメでした。

 

今から考えると、なんという子供だったのでしょう。もし今生きて会話ができるとしたら、真っ先に非礼をわびたいところです。

 

亡くなったときにいろいろな事がわかり、通夜が終わって一人、棺を前に泣いたものです。

 

 

父の葬儀にはまだコロナ前でしたので、様々な方が弔問にきてくれました。

 

もう現役で仕事をしていなかったので現役で仕事をしている人みたいな仕事の付き合いではありません。

父の下で仕事をした人や、一緒に会社を立ち上げてやっていた人や同級生なども来てくれていました。

 

同級生の人は4~5名いらしてくれましたが、僕は実は誰一人会った事はなく、きちんとした挨拶もできませんでした。

 

通夜が終わり、皆が帰ろうとする中、父の同級生の人達が僕の周りに集まってきました。

 

あなたが、俊彦の息子さんかぁ。初めて会うね。

 

本日はお越しいただきありがとうございました。

 

あんたの話はお父さんからいつも聞かされていたんだよ。

 

こういわれて今まで我慢していたものが崩れた感じでした。

 

あなたはお父さんの自慢だった。お父さんはいつもあなたの話を僕らにしていたものだよ。

あいつは一人でなにも可もできる奴だと言っていたよ。

 

涙が止まらなく流れ父は気にしてくれていたんだと初めてわかった感じでした。

 

これからはなにかあったら相談してきなさい、お父さんの親友の僕ら5人は君の味方だよ。

 

それから7年が経過します。皆さんどうしているか、いつも新聞をみては確認をしています。

もう若くはないのです。もし名前を見つけたらお礼に行きたいと思っているんです。