今日から当院の前のコインパーパーキングがスタートしました。もちろん当院の患者さんは今まで通り無料でお使いいただけます。チケットを発行しますので1時間は無料です。
今日は午前は補助金の打ち合わせに出かけてきました。
採択されたので、その打合せでした。
1時間くらいで話はだいたい終わり、向こうの担当者と雑談になります。
先生は、大学も一般の国立大学を出てきっと同級生は銀行とか商社でしょうけど、全然違う方向に行きましたね?なにか理由が?
はい。当時体調も悪かったので、自分で勉強してみたくって。
そうなんですか??かなりレアなタイプですね。普通は自分で勉強なんて思わないでしょう?しかも中国にもわたり大学まで行っちゃって、あちらの医師資格まで取っちゃうなんて、かなりのレアですね。
そうかもしれません。あまりそう言う人はいないですよね。ただ日本人でも同じ大学の卒業生の中医師がいて、札幌にはもう一人いるんですよ。
そうなんですね。まったく知らない世界で・・・未知の世界です
そうでしょうね・・・一般の方にはまったくわからない世界でしょう。
はい。でも、私はどの世界でも極めるという事は大事だと思っています。まぎれもなく渡邊先生はその世界を極められてきた一人ですよ。数少ない一人だと思います。
まだ最後までは遠いですよ。
さすがです。やはり極めて来てる人は、そう言いますよ。
そう言われました。
若い頃は無謀にも中国にわたりました。
上海に行きたかった理由は、以前も書いたのですが父が幼少期に住んだからです。
もちろんそれから何十年も月日がたち、父のいた痕跡などあろうはずがありません。
でも、父が幼い頃に確かに存在した街に僕も行ってみたかったんです。
それが上海にいく理由でした。
父は島根から上海に連れてこられ、夢をみた一家の一人だったはずです。
これから上海を生きていくはずだった。
しかし、無常にも中国との国交は絶たれてしまうのです。
国と国のエゴによって引き裂かれた幼い子供だった頃の父の夢。
それはなにかはわかりませんが、その父の生きた街に存在したかったのです。
こんな事いうと、わかんない人とわかってくれる人に分かれますので、いう人を選んでいるんですが、
今日はそんな話をした午前でした。
