今日は午後からの診療です。午前は打合せが一本と、母の施設に顔出し。

打合せはここのクーポンの内容を変えようとか、そういう感じのお話でした。
その後に母のところに。

母は熱も平熱に下がっていますし、食事も食べれるようです。
ただ、記憶が熱が39度以上になったためか、混乱しているようでした。

僕がいくと、自分にお兄さんだと勘違いしています。

あら?元気だった?久しぶりだね。

う、うん・・

銀行は?早く終わったの?

母の兄はもともと銀行マンでした。今の北洋銀行です。
昔は拓殖銀行といいました。都市銀でしたので入行するのはなかなか難しかったはずです。
学年でいつも1~2番だったと聞いていましたが、大学にいくのをあきらめました。
まだ奨学金も、なにもない時代だったのかもしれません。

母と兄は二人兄妹でした。

片親しかいませんでしたし、僕からみてのおばあちゃんは、もともと喫茶店をやっていたとはいえ、事務仕事などできない人でしたのでもっぱら肉体労働で稼いでいました。

普段は建設作業場の飯場の調理員として雇われていて、根釧地域や、十勝、北方領土にも稼ぎに行きました。
そんな姿をみていた兄妹は高校を出たら働こうと考えていたようでした。

その兄は高校卒業後に一度道庁に受かります。
そうして根室支庁に当時勤務したようでしたが、先輩が銀行の面白さを伝え、中途採用の試験がある事を伝えたようです。

銀行は面白いぞ、これからは金融だ。公務員などやってたって面白くもないだろう。どこまで伸びるか金融の世界をのぞいてみないか??

その話を妹である母に伝えたようでした。

母は反対しました。

記憶はその頃の記憶に戻っています。

ねえ、兄さん、銀行はどう?面白いってほんと?

うん・・

何と答えていいのかわかりませんが、母がまだ認知になる前に聞いていた話をそのまま話してみるしかありません。

転勤にはならないの?根室からは?

確か根室で採用になり、その後帯広支店を経て函館支店その後は、札幌の桑園支店の支店長になり、札幌の本部の調査部にはいっていたはずです。

もうすぐ転勤になるはずだよ。

そうなんだ。約束したけど、私はついていかせてね。

うん。

母は根室から帯広についていったのです。帯広厚生病院に勤務したはずでした。

そんな日でした。