たまに院の話をします。ここは平成4年の2月に開業しました。

当初は、大通沿いの23丁目で北洋銀行の並びでした。
そこのビルの二階に院を構えました。
開業にこぎつけるまでは大変な思いをしながら開業しましたが、以前はそこまでは書きましたので、今日は開業後からの話にします。

開業は2月の真冬でした。
準備も大雪や吹雪の中、なんとかたどり着いた日もあり、そんな中開業日を迎えます。

開業の数日前から、院のチラシを配布しました。
一軒一軒、配りポストに入れます。
真冬でしたので、4時間も配り続けると、手袋をはいていても手は凍傷のように痛くなり、靴の中には雪が染み入ります。
時には、犬に吠えられながら一軒一軒、このチラシが必要な人にとどきますようにと願いを込めながら配ったものです。

一日300軒~400軒。4時間から5時間も配り続けました。

なにせ、間違ってチラシを2万枚も作ってしまったのです。2000枚でよかったのに間違ってしまったわけです。

母はチラシの入った段ボールを見て、びっくりしていました。

これだけ配れっていう天の声だよ。私も配るから。

まだ母も50歳代。
僕が20歳代なのです。

母にそんな事はさせられないから、いいよ、しないでいいから。

そう言ったのに、母は地下鉄円山公園の出口で配り続けました。
日によってバスターミナルにいったり、別の出口だったりと場所を変えながら配ってくれたのです。

結局、開業までに2万枚までは配れませんでした。
1万もいかなかったかもしれません。

チラシ配りは開業後も続きます。

母が鼻が真っ赤になって配ってるところに、遭遇したことはあります。

その時に思ったものです。この恩は一生忘れません。
ありがとうございます。

心の中で思ったものです。

それが今につながっているのかもしれません。

開業日はたくさんの方が来てくれました。
以前から病院勤務していましたので、脳神経外科のリハビリテーション科にいました。
そこでの患者さんが数十名くらいでしょうか。

しかし、大変なのはここからなのです

この賑わいもだいたい2週間から3週間くらい。
一か月後にはかなりいらしゃらなくなります。

ここからが本当の開業です。

苦労の始まりでした