中学時代は、生徒会活動をしていました。放送局にも入り、生徒会もやりで忙しい日々でした。
今から考えると充実はしていましたがよくあんなに抱えようとしたなと思います。
若い頃はキャパを考えずに自分でやりたいことを抱えてしまいます。
その他にも塾にもいき、英会話も習いとやっていましたので、完全にキャパはオーバーしていました。
母もその姿をみて、少しやり過ぎじゃない?減らした方がいいんじゃないかな?と言われ、考えた末に
英会話は週2を週1にして、塾は減らす事ができないために、週2の塾に行きました。
放送局も2年の後半からは放送局長になってしまい、いよいよ大変です。
生徒会活動も、同時期から生徒会長になってしまいます。
完全に自分のキャパシティを見あまっていましたので、できないことが多くなってしまいました。
無理をいって放送局には代理を立てて局長代理に仕事を任せて、生徒会活動をメインに仕事をし始めていました。
生徒会の活動は学校の手先ではありません。
生徒の代表として、学校側と話し合いをすることも活動だし、生徒の規律を守ったり生徒の私生活など含めて学校生活をいい物とする責任もあります。
そういう意味でみんなに意見を募集したところ名札を廃止しないかという話がでてきました。
まだ当時は個人情報保護の法律などない時期でしたし、中学生の人権がどのくらいあるのか先生が決めれるような時代でしたので、これを学校側に提案したところが大反発されなにを言ってるんだ!これは学校側で決めることだ、お前らが決めることではないと言われました。
それを家に帰ってから、何気なく母に言ったところ、生徒会であなたは生徒の意見をまとめた立場なんだったらそれで言われたからって尻尾を丸めるならあなたは学校側が使いやすいだけの犬と一緒だね。と言われて、あたまが真っ白になりました。
翌日からどうやったら学校側を納得させられるかと思い、全校集会を繰り返して、そこに学校長を呼び
意見をぶつけました。
何度かそれを繰り返したのちに、学校側は名札撤廃を了承しました。
この経験はその後の僕の人生に大きな影響を与えていますし、母のいう一言が僕の心を動かした原動力になりました。
その後数回行った裁判でもこの経験は生かされています。
