小4の新聞配達はおそらくは1年は継続したと思います。辞めた理由は体調でした。

風邪をひくともともと喘息持ちで小児喘息でしたので、喘息が発症。喘鳴で動くことが大変になる事がありました。

冬に、風邪をひき、喘息がでてしまったのです。

初日は電話をしてなんとか休みをもらったのですが、翌日からは動けなくて母が変わって電話をしてくれました。

1週間がたち喘息は治る気配がなく、辞める決心をしました。

よく1年もやってくれたよ。ありがとう。またお願いね。早く治すんだよ。

新聞屋のおばちゃんはそう言ってくれて辞めることができました。

再び6年になる時に新聞配達をするんです。

今度の理由は父の蒸発でした。

帰ってこなくなり、母は昼も夜も働き始めました。

朝9時から、夜12時過ぎまで。

家には寝に帰るくらいになりました。

自分の文房具どころではありません。

家計を助けなければいけなくなったのです。

僕は4年の頃の夕刊ではなく朝刊をすることを選びました。

かずやくん、大丈夫?無理な時は他のがカバーするからね。

背は大きい方ではありましたけど100部は折り込みチラシもはいりますので、ものすごい量になります。

自転車の後ろと前に載せてふらふらしながらも、なんとか配ったものです。

月の給料も小4のころの倍以上でした。

早朝の朝、まだ誰も起きてない家をこっそりと抜け出て、新聞店にいくとみんなでチラシを新聞の中に折り込みます。

時には、チラシは15枚とか20枚にもなることもあり、チラシを入れる作業だけでも大変です。

夏はまだ明るいですが、冬は真っ暗です。

まだ暖房もいれたばかり、息が真っ白になる部屋の中で、みんなの息遣いだけが聞こえてきます。

配り終わって7時半くらいに家に戻ります。

もう母は、家を出て仕事に行っているんです。

食卓テーブルの上には、朝の分と夜の分のごはんが置いてあります。

まだ半分温かいくらいのごはんですが、食べて急いで学校に行ったものでした。

今日、母に新聞配達の事を話を出してみました。

そんな事もあったね。どうしてもというからさ。反対をしたかったんだ。でも親がいうところじゃないだろうって思って。私はすぐに辞めると思ってたよ。もって一か月かなって。でもあんたは1年やった。きっと喘息がでなければもっとやったんだろうね。こいつは根性はすごいなって思ったんだよ

そう言って笑ってくれました。