子供の頃に想像するのが趣味でした。想像というか、発想とでもいいますか。

たとえばバスのミニカーがあったとします。
バスは札幌の札幌市営バスと仮定します。

そのバスが走ってる路線図を探して、路線図を書きます。
地図ともってきて地図を開きます。
そこでミニカーを走らせて、想像をするのです。

小学校がある場所では小学生を載せたイメージを。病院の近くでは通院する人の姿を想像します。
ある人は、重い病で、入院をしないといけないと医師に言われている人だったり、ある人はお見舞いに行こうとしている人だったり。

そんな人たちが乗ったり降りたりするところを想像して、物語を考えます。

実は、重病なんだけど会社にいくふりをして家をでてきたサラリーマンだったり、そのサラリーマンが家族に言えない理由を勝手に想像するんです。
借金があって、借金がある事を隠しながら生きてきて、そのうえ病気で入院でもしたらと悩んでいるサラリーマン。

僕は高校の時も大学生の時も、友人にこの話をしたのですが、誰一人共感してくれる人はいませんでした。

変わり者だなぁと言われ、そこでおしまいでした。

ただ一人、小学校の時の浜田先生だけは、それはおまえの才能だな。きっとその才能はいつか小説家にでもなれるかもしれないから、大事にするんだよ。想像力はきっと国をよくするよ。

ほんとですか?

うん。ほんとうだとも。想像力があるから、国はよくなる。こんな風になったらそうなるだろうとか、こんなところをこう変えたらこんな風になるとか。

そうなんですね。

おまえの想像力は才能だよ。

そう言ってくれた先生は一人だけでした。

大学生のころに、旅行会社からもらってきたパンフレットを山ほどもって実家に行きました。

あんた、このパンフレットはどうしたの?

うん。これは僕の家に持って帰る、少し実家に置こうかと思って。

いらないいらない。どうせ旅行なんていかないから。

うん、そうだよね。

僕はハワイの旅行パンフレットをみながらハワイ旅行を脳内でするのです。
買い物をしたり、海にいったり。
その想像だけで、2時間も3時間もしていることもありました。

治療にもその想像が働きます。

ここをもう少し軟かくなれば、ここはもっと巡りがよくなるはず。

そんな風に仕事をしているのです。