人生はなにがあるのかわからないと以前からよく思っていました。

ここでもそう言う話をしたことがあると思うのですが、先ほど、ここによくいらっしゃる患者さんのご主人がいらしゃって奥様が亡くなられた事をお話にきていただきました。

まだ50歳代の方でしたのでびっくりして声も出ず、茫然としてしまいました。

亡くなられた理由がクモ膜下出血でしたので、脳圧を下げる努力をいつもしてただけに僕自身もショックでした。

クモ膜下出血は多くは、脳動脈の瘤が破裂することで起きますが、脳圧が上がることを一番考えないといけないので、刺絡を肩にして下げていました。ここ1週間ほど検査のために入院することになり、できないことで脳圧が上がってしまったか・・それはわかりませんが、人生はいつなにが起きるかわからないと思います。動脈瘤があるのをわかっていて、その検査のためのカテーテル検査を行ったばかりでした。

それが?原因とも言えませんし、今さらと思いますがカテーテル検査はそれだけリスクはある検査です。

傷をつけてしまってその傷が数日後に破裂ということもありえますので、慎重にする必要がある検査です。

今日も母のところに行き、母も91歳です。いつなにが起こるのかわからない年齢です。

きっと同級生などはもう平均寿命からいくと半分くらいは亡くなってるのかもしれません。

この年齢になると、もう当人同士は連絡を取り合うこともできません。

認知が進むと、もう友達とも会いたいとも思わないし、話をして会話することも必要あるとは思えなくなるのかもしれません。

きっと皆、同じか同じに近い感じになってるのでしょう。

昔、よく母に電話がきたいてHさんや、Sさんも一切連絡がこなくなりました。

85歳くらいまでは、母と連絡が取れなくなると、僕のところに電話がはいりました。

うちの院の名前だけはわかっていたようです。

きっともう同じように認知になり、施設にはいってしまってるのかもしれません。

見逃さないようにいつも新聞のお悔やみはみているんです。

母にご飯は食べたの?と聞くと、今日も食べたかどうかはわからない。もう記憶しておくことも面倒なんだよと言います。

七夕が近いから願い事を書くよ、なんて書く?と聞くと、金持ちになりたいと書きなといいます。

願い事はいつもそれだよ。金さえあれば幸せなんだよと。