父と仲が悪かったと僕自身は思っていましたが、父が亡くなった後にいろいろな父の友人に息子の話をして自慢していたという事が初めてわかり、ずっと後悔をする事がありました。

もっとこうしてあげれたらよかったとか、こういう事もあの時言えたはずだったと、自分の過去で取り返しはできないのですが、後悔することはいろいろとあるわけです。

それで父の事でできることと思い、お寺に通い始めました。
父の写真を机に飾り、毎日手を合わせること、お寺に行き父の供養をすること。

そうしたことを亡くなってからの8年間継続してきました。

ふと位牌というのがないなと思っていましたので、調べると浄土真宗は位牌を作らない宗派だとわかりました。

しかしながら、自分の家で仏壇をもち位牌を作りたいなと思っていました。
それでとある宗派の方から位牌を作る事ができてその宗派ではきちんと先祖供養もできると聞き、早速話を聞きに行ってきました

それで、そこの宗派で位牌も作り仏壇もと考え始めました。

必要ない事だという人もいます。

形が必要か?という人もいます。

ただ、僕は形が欲しいのです。

それというのも父が孤児で、一人でこの北海道で生きてきて立派に最後まで生き抜いたと思っています。
ただ孤児には先祖というものがわかりません。
それでも父は私財を投じて先祖代々の墓を作ました。

僕は二つの先祖家系に感謝をしています。
一つは父を養子に迎えていただいた渡邊家。
戦後のものもない、食べ物もないような時期に養子を迎えてくれたという気持ちを考えると感謝してもしきれない気持ちでいます。

もうひとつは父が知る事もできなかったかもしれないけど、実際に存在する先祖です。
父の遠い記憶には大塚家という名前だったといいますが、これも実際にはわかりませんので、架空ですが父が存在した以上、両親も存在し、その親もいたはずです。

その先祖様にも感謝しているのです。

その二つの先祖に感謝をし形になんとか表したいいと思っています。