22歳で大学を卒業するころに、普通は就職を選択するのですが、僕はその選択はできませんでした。理由は何度か書いていますが、持病です。
その為に鍼灸を学んで自分のカラダを治してやろうと思い、東洋医学をやり始めたのがきっかけでした。
それが今も続いているのですが、ずっと鍼灸医学を勉強し続ける事は考えていなかったのです。
数年勉強して、自分の心臓もさっさと治して、もともとの希望であった商社にはいろう。きっと中途入社になるから不利にはなるかもしれないけど、20歳代のうちならなんとかなるだろう。そう考えていました。
商社では貿易を主にやりたく、商社には輸入部局と輸出部局があるのですが、輸入をしたかったのです。
貿易局に所属して、輸入1部とか2部とか、希望は貴金属の輸入でしたので狙っている商社はありました。
有名なのは三菱マテリアルとかで貴金属の中でも金とかを扱っています。
それが、どういうわけか鍼灸をずっとやり続けています。
叔父がマックスファクターという化粧品会社にいましたし、そこにも誘われていました。
おまえの商学部で培った販売心理学はきっと評価されるからと言われました。
まあ、それも悪かないかな。世界中を転勤して歩くことになるかもしれないけど、世界企業のMaxfactorだし。
鍼灸をやり続けたのは僕の研究心と友人たちです。
今日は3人の鍼灸学校の友人の話です。
3人はいつも一緒に勉強し土日となれば一緒の飲みにいき、日曜はほぼ一緒に活動していた仲間でした。
卒業後、一人はイタリアに渡りローマ大学に入学。
彼は卒業後は医師免許を取得して、EC圏内なら使える内科医になったのです。現在もイタリアに在住してイタリア人の奥さんと結婚しました。
もう30年は日本に帰っていません。イタリア国籍も取得したと聞いています。
もう一人は北見地域で開業して鍼灸整骨院を運営していました。
ものすごい連日の混みようで、体育館みたいに大きくしてスポーツクラブも併設して、鍼灸や整骨の
北見地区の会長に就任し、その後は北海道道議会議員に自民党から推薦されました。
選挙に出るという事になりましたが、その年にガンが発見され、札幌にきて手術。完治したかに見えましたが、なんと病院内でコロナに感染したんです。
コロナの時期でした。そこで亡くなりました。
葬儀もなく、彼の死は訃報で知っただけでした

