今日の母はとてもクリアで会話もふつう通りできました。

最近は仕事はどう?うまくいってるの?

うん、特に問題はなさそうだよ。

あんたは昔からカラダが弱いからさ。なにか現場にでないように考えた方がいいよ。

うん・・・そうだね。

僕は心臓が悪く生まれたので、小学校の時の体育はほとんどが見学していました。
きっと小学校の先生もこの子は長くは生きられないだろうと思ったのではないかなと思います。
小児喘息も併発していましたので、休憩時間にトイレにいって帰ってくるだけでゼイゼイと喘鳴をするくらいでした。
それでも、がんばって学校には行っていました。
学校の往復は、途中何か所が休まないとダメなくらいの日もあり、大丈夫な日もありました。

大丈夫な日は少しくらい走ってもいいくらいでした。そんな日もあるかと思えば、家から学校まで歩くのが40分。半分くらいで公園のベンチを見つけて座りました。

幼稚園児くらいの子供たちが砂場で遊んだり遊具で遊んだりしているのを横目で見ながら休憩しました。

そんな状態でしたので、その話を学校の先生にいうと、行き帰りには誰かと一緒じゃなくていいのかい?と聞かれ、誰かに迷惑がかかるといけないと思い、いらないと言った記憶があります。

母もきっとずっと心配をしていたのだろうと思います。

あんたはさ、早く引退してゆっくりしたほうがいいよ。定年まで働くつもりなのかい?

ううん・・・

母の心配が伝わり、やるとは言えずにいました。

小学校を卒業してからは運動をやろうと思っていました。
根拠もなにもないのに、やれると思ってしまいました。
中学からは体育もふつうにやり、体育大会とかも出るようにしました。

中学の同級生からは運動しないやつとか、体育の見学組と言われなくなりました。
それでも、みんなの中で見学は多かったのは事実です。
理由は風邪をひくと二か月くらいはかかってしまうのです。

小児喘息は、数年間の鍼治療で緩解しましたが、風邪をひいてしまうと、喘息がぶり返してくるのです。
それで体育は見学していました。

見学といっても、同じ体育館でという場合もあれば、教室で自習させられるというパターンもあります。
体育の先生が、運動しないなら体育館は寒いから、教室で自習するようにと言われて教室で一人残り
本を読んでいました。

懐かしい思い出です。