以前にいらしていただいていた患者さんが先日母のところに行ってくれた話を数日前に書きました。母は、以前に10年近く前の話を覚えていて、猫の話をしてくれたことに患者さんは大変に感激をしてくれたという話を書きました。

その方が昨日いらしてくれて、書初めの話をしてくれました。

お母さんの書初めが貼って合ってそれも息子って書いてあるんですね、びっくりしました。
感激して感動しました。

そう言っていただき、今日母のところにいって、探してみました。
そうしたら、壁にまだ張っていたんですね。

息子と書いてる母の書初めの作品。

となりの焼肉も面白いですが、母の息子も秀逸です。

どんな思いで書いたのか、聞きたくなります。

これ書いたの覚えてる?

ん?これ?私だった?

うん。そうだね。えつこって書いてるから。

そうかそうか・・・私だったか。

なにを考えて書いたの?

ん?なにも。書く二文字が思いつかなかっただけだから深い理由なんてないよ。

そうだよね・・・

息子と書いてくれたことは母の子供としては素直にうれしい事です。
いつも迷惑をかけてきたと思って生きてきましたので、それだけでもよかったと思える出来事なんだと思ってます。

これから仕事にいくから帰るね。

あら・・あんたが仕事?

うん。午後から仕事なんだよ。

あれ?まだ大学生でしょ?

うん・・・もう卒業したんだ。

そうだった?

うんうん。

そうだったんだね。もう記憶がさ、どうにもならないね・・・

いやいや、いいんだよ。気にしないでね。

ありがとう。

僕は大学をもう何十年も前に卒業、しかも大学は3か所ほど行っています。
しかし母の記憶ではそのどこかの大学に行ってる息子と思っているのでしょう。

正しますか?本当はもう何十年も前に卒業しているじゃない!?

って言うでしょうか?

僕はそれはいらないと思っています。
もう91歳になる高齢者なのです。
記憶が多少ずれていようが、何十年も前に卒業したんだろうがいいんです。

もしただしたとしても、自分の中ではきっとすっきりするかもしれません。
が、それだけです。
母は自分の記憶違いだったと理解はするでしょうが、認知症なのです。その数分後にはまた同じなのです。

つまらない思いをさせるくらいなら、楽しく生きてほしいのです。