今日は母は昼ごはんを食べないといってストライキを起こしたようです。
僕が施設についたのは13時
食事がちょうど終わったころなのですが、母は一口も食べなかったとのこと。

ダメじゃない?食べないと。

美味しくないと思ってるものを食べさせられる事は拷問に等しいよ。

美味しくないかなぁ。おいしいと思うよ。

味覚はそれぞれ違うだろ。私はおいしくないと言ったんだ、あんたは私じゃないでしょ?

そりゃそうだけど。

だったらわかったような口を効くんじゃないない。

そっか。おいしくないのなら仕方ないね。

そうだよ。おいしくないよ。味は薄いし、紙食べてるみたいに思える

施設のごはんというのは、どこもですが高齢者みんなに合わせているので味は薄味ですし、刻んでいるので小さいので食べ応えはありません。
健康な母は物足りないのでしょう。
と言っても、僕が他のものを持ってくるにしておせいぜいおやつくらいで食事を持ってくるわけにはいかないのです。
健康を保っているのは、食事なんですから。

こんなところにいつまでいないといけないのさ。ここは刑務所みたいなもんだ。食べたくもないおいしくもないものを食べないといけないし、トイレも頼まないといけない。夜は寝てないと言われるし、好きな時間に起きてもいられない。
家に帰るよ。

家って??どこの事を言ってるの?

新琴似の家だよ。自分の家はそこにしかない。

新琴似に家があったのはもう5年以上前の事です。母は80歳代半ばだったでしょうか。
解体し土地を売ったのです。
その売ったお金はみんなで分けて母にももちろんわけています。

しかしながら、その記憶はすでにありません。

長く住んだものね・・・新琴似に。

そうだね・・・そろそろ直さないといけないところもあるからさ。
心配だよ、こんなに長く家を空けちゃったから。

そうだね・・・

まだここの施設に入る前に、母は売ってしまった家にタクシーで帰ってしまったことがありました。
その時は、ご近所の人が見つけてくれて、電話をくれたのです。
母の胸には名札をつけて、僕の携帯の番号を書いておいたのが効を奏しました。

あんたの車でちょっと送ってくれる?

今から仕事しないといけないからさ・・・後でまた来るよ。

そうかい・・じゃ待ってるよ。

そう言って、お互いに手を振って帰ってきました。